テザーが人工知能(AI)分野への進出を本格化している。同社は、複数のAIアプリケーションとオープンソースのソフトウェア開発キット(SDK)プラットフォームを開発中であることを明らかにした。

世界最大のステーブルコイン発行者として暗号資産市場を牽引するテザーは、AI技術を活用したアプリケーションの開発に乗り出した。CEOのパオロ・アルドイーノによると、現在、AI翻訳ツール、AI音声アシスタント、AIビットコインウォレットアシスタントなどを開発中であり、ユーザーのデバイス上で直接動作する設計が施されている。これは、データのプライバシー確保とデジタル資産の自己管理を強化する狙いがあるという。

同時に、テザーは「Holepunch」のJavaScriptランタイム「Bare」を基盤とするAI SDKの開発も進めている。このSDKは、組み込みハードウェアやスマートフォン、高性能コンピュータなど幅広いデバイスと互換性を持ち、オープンソースでの開発を支援する。AI領域での技術革新を推進し、暗号資産業界とのシナジーを高める方針だ。

AI事業への本格参入は、テザーの中長期的な成長戦略の一環と考えられる。同社は今年初頭にAI技術の活用を発表しており、現在、AI分野の専門家の採用を積極的に進めている。また、映像制作に特化したAI技術者の募集も開始しており、AI技術の多角的な活用を視野に入れていることがうかがえる。

一方、規制環境は厳しさを増している。テザーの主力ステーブルコイン「USDT」は、直近で20億ドル相当が新規発行され、総供給量は1,400億ドルに達した。しかし、欧州連合(EU)の暗号資産規制「MiCA」の影響で、Coinbase、Kraken、Crypto.comといった大手取引所がUSDTの上場廃止を決定。テザーはこの動きを「市場の安定性を損なう」と批判しつつ、規制対応の必要性を認識していると述べている。

テザーのAI事業への進出は、暗号資産とAIの融合を加速させる可能性がある。AI技術が金融市場の新たな潮流となる中、暗号資産業界におけるテザーの影響力がさらに拡大するかが注目される。

テザーのAI戦略 デジタル資産業界に与える影響とは

テザーのAI事業拡大は、単なる技術革新にとどまらず、デジタル資産市場全体に波及する可能性がある。特に、オープンソースSDKの開発は、既存の暗号資産関連企業やエコシステムに新たな競争環境を生み出す要因となる。

従来、暗号資産市場はブロックチェーン技術を基盤とする取引所やウォレット開発が主流だった。しかし、テザーがAIを活用することで、プライバシー保護機能を強化した自律型アプリケーションが普及する可能性がある。例えば、AIビットコインウォレットアシスタントの実装により、ユーザーが個別に資産を管理しやすくなるだけでなく、詐欺対策や取引最適化といった機能が拡張されるだろう。

また、テザーのAI開発は、規制の影響を受ける環境下でも競争力を維持する手段の一つと考えられる。欧州市場ではMiCA規制が進み、中央集権的なステーブルコインへの圧力が強まる中、分散型アプローチを強化することは戦略的な意義を持つ。オープンソースのAI技術を活用することで、規制の枠組みを超えた新たなビジネスモデルの創出につながる可能性もある。

この動きが業界全体にどのような影響を与えるかは今後の市場動向次第だが、テザーのAI事業拡大は、デジタル資産の未来を左右する重要な要素の一つとなることは間違いない。

オープンソースSDKの展開 新たなエコシステムの可能性

テザーが開発するオープンソースSDKは、AI技術と暗号資産エコシステムの橋渡しをする重要な役割を担う。これにより、企業や開発者は、テザーの技術基盤を活用し、独自のAIアプリケーションを構築できるようになる。

「Bare」を基盤としたこのSDKは、特にスマートフォンや組み込みデバイスでの利用が想定されている。これにより、分散型アプリケーション(DApps)や暗号資産ウォレットにAIを組み込む動きが加速するだろう。例えば、AI音声アシスタントを活用したウォレットは、ユーザーの取引履歴を解析し、適切な送金やセキュリティ対策を自動提案する機能を持つ可能性がある。

また、オープンソースという特性から、開発者コミュニティが積極的に機能拡張を行い、新たなユースケースが生まれることも期待される。例えば、個人データを分散管理するAIベースのデジタルIDシステムや、金融取引の自動化を促進するツールの開発も考えられる。

一方で、AIの活用が進むことで、セキュリティリスクやデータ管理の課題も浮上する。特に、AIを用いた資産管理システムは、悪意ある攻撃者に狙われるリスクが高まる可能性がある。テザーの技術的なアプローチがこれらの課題にどのように対応するのかも注目される。

規制と市場変動の狭間で成長を続けるテザー

テザーのAI開発と並行して、市場では規制強化の動きが加速している。特に、欧州でのMiCA規制は、ステーブルコイン発行企業にとって厳しい環境をもたらしている。

Coinbase、Kraken、Crypto.comがUSDTの上場廃止を決定した背景には、MiCAの影響がある。欧州市場における法的要件を満たすために、多くの取引所が特定のステーブルコインを除外しつつある。これは、テザーにとっては大きな試練となるが、同時に新たな市場戦略を考案する契機ともなり得る。

テザーは規制当局に対して、市場の安定性や消費者の利便性を損なうような急激な変化は避けるべきだと主張している。しかし、規制が厳格化する中で、より透明性の高い運営体制の構築が求められることも事実である。

この環境下で、AI技術を活用した新規事業の展開は、テザーにとって重要な戦略となるだろう。AIアプリケーションやオープンソースSDKを活用することで、規制の影響を受けにくい分野での成長を図ることができる。

今後の焦点は、テザーがどのように規制対応を進めつつ、技術革新を市場に適用していくかにある。USDTの供給量が増え続ける中、テザーの動向は暗号資産市場全体に大きな影響を及ぼすことになるだろう。

Source:CryptoSlate